Home > バックナンバーNO.61~NO.70 > ■No.062 :「休みすぎだよ日本人」(2009.12.8)

■No.062 :「休みすぎだよ日本人」(2009.12.8)

私がまだ高校生くらいの事だったと思う。

テレビで「ゆとり教育」というものが話題になっており、その番組のキャスターは、ノーベル賞受賞者の名前と出身国を取り上げて、
「日本は非常に教育レベルが高いのに、ノーベル賞受賞者が少ない。
これは、全体の教育レベルは上がったが、独創的な人を生み出せない教育になっているからではないか。」と無責任なことを言っていた。
その時、高校生ながら私は「天才って、教育で生み出せるの?」とテレビに突っ込んでいた。

ゆとり教育というものに関しては、賛否両論あろうとは思うが、
独創的な子供を作るための教育より、子供にもグローバルな視点で社会を見せてあげることの方が、 目的を持った教育になったのではないかと思う。
いずれにせよ、ゆとり教育で日本の教育レベルが下がったのは、欧米政策の思うつぼだったようだ。

同じような結果になるだろうと予測するのが、日本の休日だ。休日が多すぎる。
私が子供の時は、土曜日は会社も午前中出勤がほとんどで、学校もそうであった。
今では、土曜日は休みが当たり前、その上、連休が多くなった。

働かない人の国を作って、いったいどうするつもりなのだろうか?

がむしゃらに働いて何が悪い? 休みを多く取って何が生まれるのかが私にはまったく分からない。
休日が増え、家族を省みる機会や子供の面倒を見ることで本当に離婚率が減ったり、
家族の絆が、強くなったのだろうか?
本当に時間やお金や精神の余裕が生まれたのだろうか?
まったく、そんなことは関係ない話だと思う。バカらしい。

これだけ、休みに慣れてしまうと、我々の後の世代の人達は、もう元には戻れないだろう。

コツコツと仕事をして、生涯をかけて良い仕事をこなす。そして、その仕事の過程の中で
創意工夫を喚起し、また、人との摩擦や出会いを通して、素晴らしい人間性を作り上げることを
美徳とした日本人はいなくなる。

これからの仕事は、短期間で大金を生み出す「ばくち打ち」のような仕事ばかりが美徳とされるだろう。仕事の意味が少し変わってくれる。もちろん、儲けることは非常に大事であるが、
日本人はそれだけではなかった。欧米の休みに合わせる必要性がどこにあるのだろうか?

私は、「いい加減」に「楽=教育、休み」を「お上」から与えられることに慣れるのは止めようと思う。
そのしっぺ返しは、我々、または将来の子供たちが受けることになる。

良い日本を創ろうとか、良い 環境 を整えようとか、壮大な課題もあるが、
まずは目の前に与えられた素晴らしい仕事を、コツコツとやることが将来への一歩だと思う

Trackbacks:6

Trackback URL for this entry
http://www.retail-support.co.jp/saburomail/wp-trackback.php?p=177
Listed below are links to weblogs that reference
■No.062 :「休みすぎだよ日本人」(2009.12.8) from サブロー通信
****** 13-09-28 (土) 8:34
このコメントは管理者の承認待ちです
****** 15-01-06 (火) 0:09
このコメントは管理者の承認待ちです
****** 15-01-14 (水) 12:05
このコメントは管理者の承認待ちです
****** 15-03-28 (土) 9:25
このコメントは管理者の承認待ちです
****** 15-06-02 (火) 16:18
このコメントは管理者の承認待ちです
****** 17-11-18 (土) 9:28
このコメントは管理者の承認待ちです

Home > バックナンバーNO.61~NO.70 > ■No.062 :「休みすぎだよ日本人」(2009.12.8)

Return to page top