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■No.040 : 苦を以って苦を捨てんと欲す(法華経 方便品) (2006/08/10)

仕事をする上で、なかなか現実を直視できずに、失敗をして、それに学べず、さらに失敗を繰り返すことが多くあります。

これは、問題の本質を見極めていないから、改善策やその対策を取れないのであると思います。
そのような状態の時は、実はまったく、本当の成功への「ストーリー性のあるイメージ」が作れていないはずです。
私も常に……本当に何年もそうだったのですが、長いこと失敗を繰り返して、実は、自分でも気がついているくせに、場当たり的な対処をして、目先の成功に一喜一憂を繰り返してきました。
結局、このような対処は負け越しが多く、これを繰り返すことは、取り返しのつかない大失敗の方向にまっしぐらに進んでいるのですが、小さな成功に躍起になっている時は、このことになかなか気がつかないようです。
私は10年かかって、自分の方向性が間違っていることにやっと気がついたようです。

少し話しが反れますが…。
先日、あるお寺さんのお参りに行った折、境内で一枚の張り紙を見つけました。
そこには「人の為、人の為というが、それを横から見ると偽りという字になる」と書かれていたのですが、それがとても気になっています。
当然、イ(にんべん)は人を表していますので、「為」を横に並べると「偽り」という字になるわけですが、はたしてどのような意味を持って、そのような表現をしているのかは、残念ながら今でも分かりません。
お寺さんの言葉ですから、「自分のためだけに生きろ」ということではなく、何か深い意味があるとは思うのですが、何かその言葉が、自分に問われたように感じてなりません。

「自分は本質的なことが分かってもいないくせに、偽善的なことばかりを言ったり、偽善的な仕事をしたりしているのではないだろうか?もっと自分を見つめるべきだ」
ある程度の年齢になると、社会的な問題や会社の方向性すら、その答えは自分の心の中にあることに気がつくことがあります。
「苦の中に小さな楽を求めて」も、実はまったく問題の解決にならず、失敗を繰り返します。
しっかりとした自分の成功のイメージと、現実を直視する
「苦を以って苦を捨てんと欲す」という考えが必要なことであるように感じてきました。

私事ですが、先月で41歳を迎え、数えで大厄となりました。
苦があるかもしれませんが、現実を直視し、良い気づきを得て、本当の成長に向けて進みたいと思っております。

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■No.039 : 論理思考と理論思考 (2006/04/12)

会社の組織を作っていくと様々な問題が出てくることがあります。

これを一つの論理で解決をしようとしてもうまくいきません。
論理思考は大事なのですが、組織は論理通りにはいかないものです。

好事例を御紹介しましょう。ニューヨークの元市長のジュリアーニ氏が「1枚の割れた窓ガラスを放置すると街全体が荒れて犯罪が増加する」という「割れ窓ガ ラス理論」というものを訴え、警察や地域住民と連携し、窓ガラスはもちろん地下鉄の落書を一掃し、犯罪率を7年間で67%も下げたという事例は大変有名な 話であると思います。
本当に素晴らしいことなのですが、しかしながらこの成功事例は、実は論理的ではないのです。
論理とは思考の形式や法則であり、答えが基本的に同じでなければなりません。
同じ法則に照らせば、基本的には結果が同じにならなければならず、法則をコピーすれば、結果もコピーされなければならないのです。

ところが、例えば日本の渋谷、池袋で同じように落書を消すことで、本当に同じパーセンテージで犯罪率が下がると言い切ることができるでしょうか? …誰も言い切れません。
この結果は論理的ではなく、どこまでいっても理論の枠を出ていないのです。
仮にニューヨークの事例を事細かに分析し、方法論、指示の仕方、落書の消し方に至るまで、同じように日本で実行したとしても、それでも同じような効果が出るとは限らないでしょう。
…何故そのようなことが起こるのでしょうか?
それは、目的は一つでも、問題は多面化、複雑化しているからなのです。

というのは、ニューヨークでいくら市長が宣言したからと言っても、警察や住民、市長の問題意識が全て一致するとは限りません。
警察は犯罪率を下げることは、単に警察の威信の問題だけと考ぁw)€ヲているかもしれません。
住民は自分の住む地域だけが良ければ良いと考える人もいるでしょうし、中には「今の状況でいいから」と協力を拒む人もいるでしょう。
また、市長の宣言により政治的な思惑もあり、反対勢力は協力をしないかもしれません。
…少し考えただけでも、そこにはいろいろな意見や対立があったことは予想できます。
目的が一緒のはずなのに、実は「組織」と言う枠に当てはめると、問題が複雑化するのです。
人間の社会や組織を使い、行動をさせるようにするには、一つの論理的な計算によるアプローチでは不十分なのです。
その問題を解決するには、その場所にいる人が、今、目の前にある道具を活用し、創意工夫を施し、解決するしかないのです。
ニューヨークにはニューヨークの問題があり、池袋には池袋の、渋谷には渋谷の各々の問題があるのです。 ニューヨークの改善の方法をそのままコピーしても不十分で、その組織特有の問題をクリアしなければならないということです。

私は論理思考を否定しているのではありません。大事なことだと思っています。
ただ、私が言いたいのは、企業家、事業をしていく人、また何らかのプロジェクトを推進したいと考えている人は、単に論理を提供し指示をするだけでは、必ず生じる論理に無い問題対処ができず、それだけでは不十分であることを御紹介しているのです。
最近では「こうすれば儲かる」とか「利益を出す方法」とか、簡単に組織が作用するようなことが書かれている本や話しが出回っていますが、そんな一朝一夕にはうまくいかないことは皆さんが一番ご存知であると思うのです。
他人の成功事例が、必ずしも自分に当てはまることは無いはずです。
それは、他人と自分は当然のごとく「中身」も「頭のでき」も「喋り方」も「感受性」もとにかく十人十色全てに違うはずで、そこには持っている問題のレベルもまったく違うのです。
それを、「こうすれば儲かる」という「たった一つの論理」で押し切るには、大変な無理があると言うものです。

「犯 罪率を下げる」ことと同じように、「利益を上げる」「売上を上げる」という目標を立てるのであれば、そこには、アナログな話ですが、やはり最後までやり遂 げると言う「強い思い」が必要なのです。結論を求める論理ではなく、その理論が正しいと思ったならば、その理論に基づき「強い思い」で実行をしてみること で、結論は後からついてくるのです。

空しい議論のことを机上の空論などと言いますが、最初は机上の空論で良いと私は思っています。
その机上の空論を「熱い心」で実行に移し、「強い意志」でやり遂げることが、素晴らしい組織を作る最大の方法であると私は考えています。

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■No.038 : DNAと使命感 (2005/12/20)

昔、「山内家」なる本を実家で見つけて以来、山内三郎のDNAとはどんなものであるか調べてみたいと思っていましたが、今回はちょっとご先祖様について考えてみました。

山内の親が2人。父と母。その父と母にも2人ずつ。おじいちゃん、おばあちゃんですね。
すでに3世代だけで、6人のDNAを受け継いでいることになります。
暇なので(笑)数えてみたのですが、そのように計算をしていくと、10世代で2046人。20世代で209万7150人。30世代で21億4748万3646人。
そして32世代で、85億8993万4590人。
なんと85億!! ついに世界の人口を軽く越えてしまいました。 世代交代(第一子誕生)の平均を28歳前後と考えると、32世代遡れば約900年前。
時代としては、平安時代末期~鎌倉幕府開創という歴史の変わり目辺りです。
山内三郎という人間のDNAは、1000年弱の時間をかけ、約85億ものご先祖様のDNAを受け継いで生まれたことになります。そう考えると、山内三郎のDNAってすごいですね。
1000年弱で世界の人口を越えるのですから、もっと遡れば「こりゃーすごい能力を持っていてもおかしくない!」というくらいのDNAの大結集の人間です。
もちろん、すべての人が当てはまる話ですが…。
しかも日本のような単一国家においては、私などはほとんど日本人のDNAでしょう。
こんなにすごい数の人が入り組んでいるのですから、日本人ってもしかしたら親戚だらけではないかと感じてしまいます。
また、こんなすごいDNAを受け継いできているこの私は、永い永い時間軸の中、生理学的な確立で言えば、億や兆の単位に留まらず、何京(もしかしたらもっ と大きな単位)分の一というような途方もない確立で生まれてきたに過ぎず、本当にたまたまこの時代に生まれただけだと感じます。
その一方で、この体はものすごい数の魂を受け継いでいるはずだから、やっぱり大事にしなくてはならないと思います。
それに…なにか良いおこないをしなくてはいけないような気になります(笑)し、人を比較しあったり争いをしたりすることが大変ばかげて感じます。

自分がどんなに優れていたとしても、自分の子供が優れているとは限りませんし、その逆もあるでしょう。
永い時間の中では、この何十億、何百億という魂を受け継いだ能力が、突発的に天才を生んだり、不幸を生んだりするのかもしれません。
松下幸之助氏に関する書籍の中で、「使命感を持って仕事をしている人は幸せですな…」という表現を、松下幸之助氏がしている部分があったと思います。
仕事の使命感というのは、なかなか感じられるものではありません。
論語にも「五十にして天命を知る」とありますが、「人」はこんなに気が遠くなるような確率でこの世に生れ落ちたにもかかわらず、その生まれ落ちた理由や役割を見出せる人は本当にごくわずかなのでしょう。
しかしながら、多くのDNAや魂を受け継ぐ永い永い時間の中で、自分が生まれてきた理由と役割を仕事の中に見つけ出せるのであれば、本当にそれにすべてを賭けても命が惜しくないのは当たり前だと思うのです。
使命感や天命というものは、そういう「生まれた理由」「生きていく役割」を指しているのであると思います。
そのような使命感を持った仕事をすることができたのであれば、本当にどれだけ幸せでしょうか。

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■No.037 : 火の用心 (2005/12/20)

以前、ダイエーご出身の方にお話を聞いたことがあるのですが、組織のあり方について、中内オーナーがおっしゃっていたそうです。

「私 が火の用心と言う。すると専務が火の用心と言い、取締役が火の用心と言い、部長が火の用心と言う…そういう組織はダメだ。私が火の用心と言ったら、専務 は、具体的に誰に指示を出せばよいか選び、部長は、具体的な指示、訓練の仕方、スプリンクラーのチェック…等を部下にして、担当者別に具体的に動き出す。 そのような組織が必要である」と。
人づてに聞いた話ですので、少しニュアンスが違うかもしれませんが、オウム返しにしても意味がなく、トップの意向を理解し、組織が各々に具体的な仕事に分化し、行動に移せるように指示を出していくことが大事であるということであると思います。

もちろん、これはカリスマ的な経営者に限ることであると思います。
トップ指示がどのようなものであるかを部下が明確に把握し、それを誰に、いつまでに、どのようにするのかを分化し、大組織の末端までが、明確に行動できるようにしていくことは、非常に難しいものです。

強い指導者といえば、1960年代のジョン・F・ケネディも、明確な指示でアメリカのアポロ計画を成功させています。
それは「米国は国家の威信を賭けて、60年代中に人を月に送り、無事帰す」というものでした。
あくまで、目標は「無事に人を地球に帰す」ことであり、それができなければ成功とは言わないと定義づけたのです。
時間軸と目標を明確にした指示です。

その成功のために、豊富な資金と世界最高峰の科学者が集められたことは言うまでもありませんが、結果、100%の成功を収めました。

アポロ計画やその他、新しいものにチャレンジをする組織は、その目標の成功体験が当然ありません。
初めてのものにチャレンジするには、成功するであろう仮説しかなく、しかも仮説は予定通りにいくことの方が少ないものです。
実行中にさらに素晴らしい発見をしたのであれば、今まで心血を注いだ研究過程をひっくり返しつつも、新しいものを取り入れていかなくてはなりません。
それが時間軸のみならず、「生きて帰還させる」ことへの条件ともいえると思います。

火の用心の話とアポロ計画とは、その目的が「既存の組織を末端までいかに動かすか」と「新しいものに如何にチャレンジするか」との違いがあり、比較はできませんが、いずれにせよ、大きな組織になると、トップの指示はできるだけ明確なものが必要であると思います。

大事なことは、組織のトップへの信頼だと感じております。
トップへの疑念が広がると組織は機能しません。不満だけが、疫病のように感染します。
これは、どんなに強い意志があっても関係なく感染するもので、かかってしまうとなかなか治りません。
処方箋を考えるより、組織的な予防に最善を尽くすことが必要です。
「組織をいかにコントロールするか」のために生まれたカリスマではなく、信頼によって生まれた経営者が必要とされていると思います。
・経営者になる
・経営者にする
ことも必要ですが、『選ばれた経営者』も必要な時代かもしれません。

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■No.036 : 個性と転職 (2005/10/24)

転職を勧める企業では、最近では、「新卒は、3年過ぎれば、転職をするのが当たり前」というような言い方で、社会人に転職を勧めるらしい…。

私の知り合いの中堅メーカーの人事部(どちらかと言うと販売の強い会社ですが)は、「6割が2年以内で辞めることを前提」に採用をしているのだそうです。

これが時流であれば仕方ないと思いますが、問題は転職の理由でしょう。
自分のやりたいことがしたい…。
自分に合ったことがしたい…。
こんな個人的なことが転職の理由として多いと聞いていますが、本当にそれが転職の理由になるのでしょうか?

転職は大なり小なり、組織から組織への移動であり、組織の仕組みに組み込まれます。
そして仕事を分担しながらも、社会に貢献をしていきます。
大事なことは自分の仕事に社会性のある強い使命感に目覚めることであると思うのです。
自分の好きなことをすることではないはずです。
仕事とは、従来そういうものであって、好きなことをやるのは趣味というものであると思うのです。

個性が大事と言いつつも自分の才能を生かし、個性的なことで自分の職を全うできる人は極わずかです。非常に才能のある人です。
会社はそもそも才能の無い人間の集まりのはずで、本当に才能があるのであれば組織を作らずに、個人能力で勝負をしているはずです。
天才であれば組織を作らず、自分だけで行動する方がはるかに合理的で、利潤を稼げるはずです。
ややこしい人間関係や雇用関係もありません。

組織に入る人は、自分の実力などというものはホンの極わずかで、全ては人に助けられながら生きていくしかないのです。人を頼りながら生きていくしかないのです。

自分の個性や能力も分からずに、いわゆる「自分探し」の転職を繰り返す人は、一体何を求めているのか?私には意味が良く分かりません。
才能の無い人に「自分の好きなことを仕事として探せ」と言っても、そのような仕事があるはずも無いと思うのです。

自分の「やりたい仕事」を探すのではなく、才能の無い自分でも一緒に支え合えったり、同じ価値観を持てる人達と共に歩める企業を探すのが一番ではないでしょうか?
その中で、社会へのある種の使命感に燃えたり、社会の必要性を感じ取ったりしながら事業を拡大するのであると思うのです。

決して、自分の利益のためだけではないと思うのです。
仕事は自分の糧にももちろんなりますが、人生の中で多くの時間を費やすのですから、生きる指標と考えられないと、人生がもったいないと私は感じています。
どんなに微々たる力であっても、会社という組織を使い社会貢献をおこなうのであり、そこには大義があるべきだと思うのです。転職には大義が必要なのです。
現在の転職は、自分を中心に転職をします。
そのような人に、本当に素晴らしい幸せや運が訪れるとは、私はどうしても思えないのです。
一度、転職をした人が、更に転職を重ねていく姿を見れば分かるのではと思います。

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■No.035 : 無業者とアルバイトと人材と人財 (2005/04/28)

先日の日経新聞に、いわゆる「ニート(Not in Employment, Education or Training)」と言われる人達が85万人を超えたという記事が出ていました。

これは、「フリーター」という人達とは異質のものです。
学校に通っておらず、配偶者のいない15~34歳の無業者が、02年には213万人もおり、うち約129万人は、仕事に就こうと就職活動をしている「求職型」の人たちです。
通常、失業者と呼ばれたりします。

それに対し学卒で若年無業者には、就職を希望しながらも職探しはしていない「非求職型」が43万人。さらに就職希望すら表明していない「非希望型」無業者も42万人。
この”非求職型”と、”非希望型”を合わせた85万人が「ニート」というのだそうです。
厚生労働省が発表した02年のデータによると、フリーター人口は209万人おり、ほぼ同数の人間が無業者ということになります。
「200万人」というのは、実際どの程度の数字なのでしょうか?実は日本の高校生の数は約200万人なのだそうです。
つまり、日本の全高校生のほぼ同数の人が無業者層で、その中の1/2弱がニートの状態ということです。さらに、ほぼ同数がアルバイトだけで生計を立てていることになります。

ここ数年で、さらにニートやフリーターの数は伸びてきているのでしょうから、最近の高校生の大半は就職していないのではないか?と思ってしまいます。

これは、本当に危機的で異常な数字と思えるのですが…。
日本どーなっちゃうのでしょうか?

※もし、詳細な資料をお持ちの方は、ご教示ください。インターネットで調べた程度のデータです。

高校生や大学生の若い人達が、無限の可能性に立ち向かい、日々精進し、努力し、夢を育むことは素晴らしいことであると思うのですが、25歳を過ぎても、 「自分探し・可能性探し」と称して、転職を繰り返したり、最後には「何をすればいいのか分からない」と言い切ってしまうような人達であり、努力をしない人 達と感じます。

社会保険や雇用保険が崩壊すると言われていますが、公的機関としてはこの人達をなんとかしてあげる制度のほうが先ではないでしょうか?

「客が集まらないと値上げをする」のは公的機関だけです。
社会保険や税金も集まらないと上がります。
しかしながら、一般の流通社会ではまったく逆で、人気の無いものは、値段も下がりますし、そうならないように、必死の努力をするのが本当に当たり前のことであると思うのですが…。

他方、小売業や飲食業ではアルバイト・パートが集まらなくて困っています。
最近の傾向として、社員の給与は少し下がっていますが、アルバイトの時給は上がっているようです。それくらい人が欲しいのですが、人が来ない。
ではなく、厳密には「人」は来ているのですが、本当の「人財」が来ないのです。

アルバイトに物凄い力量を求めてはいないはずで、普通に仕事をしてくれれば良いのですが、普通のことすらできないのです。
フリーターという人達のレベルが如何に低いか!ということです。

今後、日本も、貧富の差があからさまに現れてくる事は、間違いないと思っているのですが、そんな中でも、いわゆる「ハングリー精神」というものにも程遠い脱力感を感じます。

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■No.034 : コンプライアンスとリーダーシップ (2005/03/15)

近頃の「コンプライアンス問題」に対する社会的な考え方や見方は、怖いほど大事なものになってきました。

社会的に優れた経営者が、コンプライアンス問題の前に沈んでいきます。
今までは、組織的な地位や名誉によって守られてきた権力が、コンプライアンス問題の前にあっという間に瓦解してきます。
コンプライアンス問題にとって、地位や名誉のような権力は関係ありません。
世の中に素晴らしい実績を残しているにも関わらず、何か一つの間違いだけで人間性の全てを否定するような報道は、かわいそうに思えるくらいです。
このような仕事をしているにも関わらず不謹慎ですが、私は清廉潔白で真面目な人が全てとは思えません。
私の大学の時の先輩が面白いことを言っていました。

「自分の子供が交通事故に遭い、瀕死の重傷を負ってしまった時に、どのように医者を選ぶか?
一人は、素晴らしく腕が良く、どんな手術でもこなせるが、裏金も要求する人。
もう一人は、本当に絵に描いたような真面目な人間であるが、腕が悪い人…。
もし、本当に自分の子供が助かるのであれば、お金を払ってでも腕の良い人を選ばないか?」

そのような状況に対峙した時は、私も腕の良い人間を選ぶでしょう。
政治家や弁護士の世界でも同じことが言えるかもしれません。
ただ、もちろんこれは功績や「腕」の良さを評価するものであり、その人の「徳」を評価しているものではありません。徳と功績は分けて評価すべきでしょう。

以前にも書きましたが、日本企業では「リーダー」にスーパーマンを求めすぎているところがあるようです。
上記のような腕、功績も含め、財務、営業、人事全てに長けている人をリーダーとして望む傾向にあります。
中国では、その故事から推察できるように、リーダーの条件は「如何に自分より優れた人材を重用できるか?」にかかっていると言われます。
帝王学的に捉えられている名著「貞観政要(じょうがんせいよう)」は、名君といわれた唐の「太宗」とそれを補佐した名臣の問答集ですが、謙虚な態度で部下の諫言を我慢強く受け入れ、自分を厳しく鍛え上げていった名君「太宗」のことが書かれています。
また、三国志しかり、多くの名臣を如何に活用し、適材適所に重用できるかがそのリーダーの条件であり、自分自身の武や智を競い合うものではないのです。

組織のリーダーとなる人にとって大事なことは、その徳や志であり、功績ではないのです。
上記のような腕の良い医者や政治家は、功績はあるかもしれませんが、徳のあるリーダーとは言い難いのでしょう。
このような人は、「太宗」のように自分より優れた人間を重用することはありません。
功績や自分の腕で地位を築いた人にとって、優れた人材はライバルにしかなりません。
名臣を近づける器がありません。
能力ある人間を重用できれなければ、発展はありません。

西郷隆盛は「徳高き者には高き位を、功績多きものには報酬を」ということを言われています。
本当に度量のある表現であると思います。

実力主義が悪いとは思いませんが、「現在実力がある人間が、そのまま適切な管理職になれるか?」は、別の話ということです。
野球で言えば「名選手、必ずしも名監督にはならず」ということでしょうか?

コンプライアンス問題によって沈む人達は、「徳」ではなく、「功績」で登りつめた人達なのかもしれません。
ただ、あまりにも清廉潔白を求めるのも違うのではないか?と、ちょっと思う近頃です。

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■No.033 : 部下が期待通りに動かない理由と対策 (2005/01/21)

私の説明が悪いのか?

一所懸命指示をしているのに、部下が期待通りに動いてくれないことがしばしばあります。
仕事を部下に依頼する場合で大事なことは、「方向性と時間軸」であることは理解しているつもりですが、なかなか上手く指示や表現ができないことがあります。

ロードスターアソシエイツ株式会社(http://www.lodestar.co.jp/)の重田さんの著書「コンピテンシーによる目標管理・評価制度マニュアル」に、部下が期待通りに動かない理由と対策が掲載されています。

*** 部下が期待通りに動かない理由と対策 ***

1)具体的に自分が何をすればいいのか理解していない。
目標と課題・対策を明確にし、なぜそれが必要かを説明する。

2)何をするかはわかっても、どのようにするのかわからない。
どのようにするか説明するだけでなく、やってみせ、次に、実際にやってもらって
できるかどうか確かめる。

3)いつまでに、どう仕上げればいいのかわからない。
明確に指示し、本人に期待しているものを確認する。

4)新しいやり方は成功しないと思っている。
失敗した時の責任を上司が取ることを伝え、誤ったやり方や手抜きがないようにする。

5)自分のやり方の方が優れていると考えている。
取り組みの前に社員の意見を聞き、双方のメリット・デメリットを比較する。
責任は上司が取り、管理を怠らないこと。

6)もっと他に優先すべきことがある、と思っている。
優先順位を明確にし、変更があればすぐ伝える。

7)いい仕事をしても認知・評価されない。
a)即刻、誉める。できるだけその時、その日のうちに誉める。
b)100点でなくても、よい点を誉める。部分的にみれば10点満点になる。
c)具体的な行動を頻繁に誉める。「頑張った」でなく、よかった点を明確にする。
d)よい方向に動いていれば、途中で誉める。途中で誉められれば、励みになる。
e)改善があれば、誉める。以前の水準よりも向上したら、満点でなくても誉める。
f)好きな仕事をさせたり、時々早く帰宅させる。
報酬手段は賞与や昇給といった金銭的報酬だけではない。

8)期待された行動をしなくてもデメリットはない。その方が仕事が楽になる。
期待する仕事のレベルを下げずに実行させる。

9)仕事の負担が増すといったデメリットの方が多い。
優先順位を明確にする。楽しい仕事を織り交ぜたり、外部研修の機会を与える。

10)自分のコントロールできない障害がある。
障害を取り除くか、乗り越えるための方法を示してやる。

11)仕事の絶対量が多すぎる。
上司自身を含め、だれもこなせないような仕事は頼まない。

12)知識・スキルが十分でない。
必要なトレーニングや研修の機会を与える。

「人材育成」や「コミュニケーションの改善」、「チームワークの強化」、「主体性の発揮」、「スピーディな対応」、「徹底を図る」といった表現は、具体性が無い指示のため部下が動きづらい表現で、特に注意が必要だそうです。

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■No.032 : 組織を創る人 (2004/12/24)

これから起業しようとする人から新事業のビジネスプラン作成方法の相談を受けたことがあります。

そのビジネスプランは、完成度は高いのですが、ある程度の規模の人材と組織を必要とするものでした。
このプランを実行するのに、どこから始めればいいのか分からず、 その人は焦りにも似たような言葉で、「一体どのようにすれば良いのか分からない」と、漏らしていました。

物事には順序があります。特にコネクションが無い人は、段階を追わなければなりません。
ベンチャー企業の立ち上げ方、起業の仕方にも色々あります。
下記にベンチャー企業を立ち上げた人達を勝手に分類別にまとめてみました。

『アメリカ帰り』
海外でMBAを取得、もしくは海外や国内の有名コンサルティング会社に勤務していた経験がある。
その分野では実績・実力があり影響力のあるコネクションも携えている。
プランの段階で結構な資金や人材を集められ、ビジネスモデルを実現できる一番の近道と考えられる。

『ベンチャー上がり』
国内外のベンチャー企業にいて、ベンチャー経営を肌で理解している。
ある程度の筋のコネクションも養っており、数人の社員やベンチャー仲間と起業する場合が多い。
しかしながら、独立した元の会社と同じようなビジネスモデルや取引先が同じになりがちで、紛争が勃発することもある。

『親譲り』
親が経営者、もしくは親戚等が経営者であるが、その分野をそのまま引き継ぐのではなく、自分なりの工夫をして引き継ぐ。(私は立派なベンチャーだと思う)
「親の代からの仕事」は敵も多いが、市場が大きい場合も多く、しかもちょっとした創意工夫が「差別化」と表現され、利潤を生むことがある。
販路はコネクションを生かせ、ネームバリューも生かせるので、意外に早く差別化商品を推進をすることができる。

『学生ベンチャー』
学生の時から起業を考えており、ビジネスを推進している。優れた能力の人も多い。
若い上に能力が突出しているので、目立ち、早くから注目されやすい。
意外に、金も集まりやすい (小額であるが)。
根本的に、学生から起業を目指す人は、なんらかの家庭の事情があり、ハングリー精神旺盛の場合が多い。

『成り上がり』
一番苦労する。社会人になってから、所属する会社とはまったく違う分野で起業する夢を持つ。
夢はあるが金も無ければ、コネクションも無い。
極一般人と比較しても、当初は、光るモノがなく、「良くしゃべる人」程度の評価しかない。
周りの人にもあまり相手にされない。
その為、とにかく全てを自分で始めて、全てのリスクと自分だけで対峙しなければならない。
経営についての教育も受けていないので、経験から学び取るしかない。
中には取り返しのつかない経験をし、破滅する人もいる。
運良く、良き人材(部下、株主、取引先)にめぐり逢えた人のみが、溜めていた夢をブレークさせることができる。

その他、最近少なくなったと思いますが、会社の研究所出身や、海外のモデルや特許を日本に持ってきて起業する会社もありますよね。
いずれにせよ、私は、ベンチャー企業は、スタートの時点で、すでに大きな違いがあることを認識すべきであると考えています。

ただ、もっと本質的なことは、会社とは「組織」を作ることで、上記のような立ち上げ方はあるにしても、そのビジネスが成功するかどうかは、やはり経営者の資質に関わる部分がほとんどであると思います。
経営は、ビジネスプランやビジネスモデルという言葉や形式で実現されるものではなく、やはり経営者です。

下記は、勝手に考える経営者の資質です。
これが起業した人材に備わっていれば組織ができると考えています。

1.本当に困った時に、助けてくれる人がいるか?
2.本当に困った時に、ついて来てくれる人がいるか?

この二つです。

本当に困った時、死ぬほど苦しい時に、助けてくれる人がもしいるとしたら、それはその人に誠実さと成長力を感じるからです。
助けてくれる人が多ければ多いほど、その人の成功する確率が高くなります。

本当に困っているにも関わらず、人がついて来てくれるのであれば、それはその人の器を感じるから、人がついてくるのです。
ついて来てくれる人が多ければ、多いほど、これも成功する確率は高いと思います。

今回は少し生意気なことを書いてしまいました。

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■No.031 : イチローは天才ではない (2004/11/05)

私は常々、「天才の真似はしてはいけない」と思っています。

凡人が天才の資質ある部分を真似をしても成功するハズがないのです。天性の資質には、なかなか勝てないものです。
ただ、一言で「天才」と表現をしてしまうと、「何が優れているのか?」が分かりづらくなることが多くあります。
天才と言っても全てが完璧では無いハズです。
今回は、敢えて「天才イチロー」を少し視点変えてみて、「天才ではない」という仮定から生意気な文章を作ってみました。

イチローは80年以上も破られなかった記録を塗り替え、全米中に賞賛された「卓越した最高の選手」ですが、彼は本当に「肉体的に天才」であったのでしょうか?

大リーガーレベルになれば、肉体的な資質「足が速い」、「肩がいい」等の守備面はもちろん、攻撃面でも「ボールを遠くに飛ばせる」、「ミートが上手い」等の資質は、誰もが持っているハズです。
イチローよりも足の速い選手は、大リーガーレベルになればたくさんいるハズですし、ましてや100年近い間に、イチローよりも足の速い選手が一人も現れなかったハズがないのです。
もちろん、バッティングセンスにしても、彼は人並み以上に能力があることは間違いないのですが、世界最高峰のレベルである「大リーグ」で、この100年の間に彼以上の才能を持った人間がいなかったとは、誰も結論できないと思います。
歴史的な記録を塗り替えるほどの、「100年に1人のずば抜けた肉体的資質」があったわけではないハズです。
それは、どんなスポーツジャーナリストでも、同じ視点であると思います。

ところが、それでも彼は、記録を破ったのです。

何が違うのでしょうか?
私は勝手に「精神面の強さが全て」と考えています。それ以外に理由は見つかりません。

「野球哲学」や個人の生き方に対する類い希な強い「哲学」を持つことで、技術や肉体を支えているのであると思います。

今年のオリンピックの日本人の活躍にも見られたことですが、日本人は身体能力が欧米人と比較すると劣っているという通説がありましたが、そのようなことが屁理屈であることを多くの場面で証明してくれました。
大事なことは精神面の強化なのです。

最近私は、相対値絶対値という言葉に分けて目標を考えています。

相対値というものは、他人と比較した指数です。
偏差値のようなもので、統計学的な見地で表現します。
絶対値というものは、自分だけの気持ちやレベルアップを表現したものです。
他人は関係ありません。
自分の定めた目標を自分の中でクリアしていきます。

記録的なものは、もちろん他者や歴史との比較ですので相対値ですが、それをクリアするためには自分だけの目標=絶対値や、それを支える「自分だけの哲学」が必要です。

一般的に、プレーヤーになりきれない聴衆型の人は、全て相対的です。
人を比較し、評価しますが、自分自身は比較の対象にしません。
しかしながら、本当のプレーヤーは人を比較しません。自分自身を比較します。
そして足りないモノや、良いモノを取り入れます。
自分を如何に高めるかを常に考えていて、自分の目標を強く意識し、目の前にある壁を乗り越えていきます。

心技体とは本当に素晴らしい言葉で、心無いおこないは、成就できないのであると感じています。

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