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バックナンバーNO.01~NO.10 Archive

■No.010 : リーダーシップと利益 2 (2003/02/24)

最近いい具合にお肉がついてきたせいか、それなりの年齢になってきたせいか、「若さ・外見」で人に判断をさせることが少なくなってきました。

以前は、私のような経験の浅い経営者が新しいお客様にご挨拶にいくと、顔や目に「時間を無駄にして欲しくない」と言う表情が露骨に表れる人が多くいました。

人を外見で判断することは非常に多いことで、私は仕方がないことと思っています。
逆に外見だけで相手をガッカリさせないように、以前は営業に行く時は必ず私より目上の人を連れて行ったり、実績のある方に同席していただき、あたかも会社の規模が大きいように見せられるようにしていました。
名刺には「代表取締役兼営業本部長」と書き込み、組織があるように見せていました。

もちろん、表面上を取り繕ってもあまり意味はなく、やはり本質的には自分の奥行きの広さを言葉で表現できなければなりません。
ただ、相手の地位が偉くなればなるほどお会いできる時間は短くなり、結果、相手の心を捕らることができずに具体的な内容もお伝えしきれないことがままあります。

私が注意しているのは、「相手が興味を持っているものが何か把握した上で、心を伝えられる言葉を端的に表現する」ことです。
「短く、的を得た言葉」は、相手に興味を与えられますし、そこでもし質問をいただければ、相手の意図をさらに深いところまで把握することができます。
ただ、 一番大事なことは、このようなテクニック的なことではなく、相手を動かすことができる 「心ある言葉」を自分が発することができるか?と言うことです。
経験のある方は、外見ではなく、このような「心ある言葉」に惹かれるのだと感じています。

…言霊(ことだま)
言葉には、力があることを私は信じています。
素晴らしい人に素晴らしい言葉をいただくと、頭ではなく、心が広がったような気がします。

私のお相手をしていただく方も大変だと思います。
ある程度の実績があれば、相手のレベルが最初から分かっているので準備ができると思いますが、まだ私のような、どうなるのかサッパリ分からない人間を相手にする方は、本当に苦労されていると思います(笑)

ただ不思議なことは、そのように表面上の形を見繕っただけの私のような人間でも、何年もお付き合いをしてくださる方々がいるということです。
目立った利益を与えることもできないのに、意外に多くの人が私を出会いから大事にしてくれています。
私のような人間は、そのような方々の温かいご協力とご支援がなければ、間違いなく会社を維持することはできなかったでしょう。

有名な「柳生家の家訓」に
小才は縁に出会って縁に気付かず
中才は縁に気付いて縁を生かさず
大才は袖すり合った縁をも生かす

という言葉があります。

本当に人間関係を大事にする人は、少し会っただけでもその人の可能性を見逃さないのでしょう。
私は今までず~~っと負けてきてばかりいて、大きな成功を掴んでいません。
それでも、お付き合いをしてくれる人はたくさんいて、本当に感謝しております。

私の大きな財産は「負けてきた失敗の経験」と、「見捨て無かった多くの方の信頼」です。
私にとって、「信頼は命より大事」なものに育ってきました。

■No.009 : 組織の中の調和とは (2003/01/01)

かなり前の話ですので少しうろ覚えの部分も多くありますが、昭和60年、野球の東京六大学リーグ戦で首位打者をとった福嶋敦志さん(立教大学)が、TVのコメントで首位打者をとれた理由について聞かれた時、「自分の役割が分かってきたから」とお話をされていたことを記憶しています。

自分の役割を良く理解し、その仕事に集中でき、しかも結果を出せるということは、なんと素晴らしいことでしょうか!

天才と言われている人は、自分の仕事に「絞り」があるのだそうです。

例えば、米大リーグのイチローがいくら天才だからといっても、プロサッカー選手として併用的にプレーはしていません。
もし仮にできたとしても、筋肉の使い方、ルールや考え方の違いがある競技で、良い結果を出すことは非常に難しいでしょうし、結果を出さなければ天才としては評価されることは決してありません。

イチローは自分がすべき仕事を野球という種目(業種)だけに絞った上に、さらに自分の体や性格的な特性を生かす絞りを行っています。
大リーグのパワーヒッターがひしめく中で、いくらホームランを狙っても結果を出すのは非常に難しいことでしょう。
もちろん、多少はホームランを打つことができると思いますが、その分野で極平凡な結果を出しても、天才と言われることは間違いなくありません。
大事なことは、自分のスタイル(心技体に合うスタイル)を確立し、バッターボックスに臨むことです。

何か一つ、決して負けない技術を作りあげ、その上で自分だけの目標を作る。
その目標を自分の力だけでチャレンジしていく。

そのようなことを何度も何度も繰り返すうちに、その分野では誰も追いつけない仕事を確立し、スペシャリストがいつしか天才と呼ばれるように変わっていくのではないでしょうか?

天才は、普通の人とは全く違った特性を持って生まれるものであると思いますが、その特性を十分生かせる「仕事」や「生き方」に出会い、その上で自分自身が必死になってそれを追求していかなければ評価されないことを知っています。

しかしながら、残念なのは、現代の常にイノベーションを推進する社会組織では、このような一つのことに集中して従事できる仕事は、非常に少なくなってきているということです。
以前にも書きましたが、一人の人間が一つの会社を定年まで全うすると言う時代ではなく、しかも、会社そのものの平均寿命を20年と考えると、一人の人間が仕事をしている期間の方が長いほどです。

このように変化が大きい社会で、社会的な使命感を持って対処できるような仕事に出会い、一つのことに没頭し集中できることは、本当にラッキーなことであると思います。

今後の会社(社会全体)は、1人当たり生産高を圧倒的に高める工夫が必要です。
会社は、今まで組織に個人を合わせることで、組織力を強め、「会社全体」で利益率を高めてきました。
しかしながら、現代ではP・F・ドラッカーのいうような、一個人で一企業体を動かすような知的生産性のある人材を育てなければ、1人当たり生産高を上げる事が困難になってきています。
非常に高い水準の人材(天才)を育てなければなりません。
今までと違った「組織の調和」を追求することが必要です。
一人一人の「心技体」を良く理解し、その人が、光り輝くような人事が必要なのかもしれません。

■No.008 : 現実は夢では対処できない(現実は現実をもって対処する) (2002/12/10)

「彼(敵)を知りて己(味方)を知れば百戦あやうからず」

あまりにも有名な孫子の兵法の謀攻篇の一説で、「敵を知り、己を知れば負けることが無い」という意味であることは言うまでもありません。
私のような未熟者は、この「己を知りて」が本当に難しい。
相手の状況を把握する以前の場合が非常に多い(笑)

ベンチャー企業の経営者も含めて、男子たるもの(古いかな)何かの夢を持って会社に勤めるのが必要であると思いますが、この夢のレベルが高ければ高いほど「今の現実」とのギャップを感じるようになります。
長期的な目標達成のためには、「目標と相反する現在の自分の能力」を照らさなければなりません。
いったい、今の自分に何が必要なのかを問うことが必要だと思います。
勇気を持って自分自身の「能力の姿」を鏡に映すと、圧倒的に自分自身の力が足りず、時間をかけ、我慢を繰り返しながら成長しなければ、目標の達成が不可能であることに気がつきます。

夢と現実のギャップを感じていれば良いのですが、頭の中の成長へのイメージが強すぎる場合、現在の不安定な現状を見ても、自分の実情を把握できず、まだま だ「夢の未来」に手が届いていないにも関わらず、「思い描いた夢の状況を前提に判断をおこなう」という間違いを犯すことがあります。
逝きつくところまで行かないと、大きな野心を持っている人は気がつかない事があるのかもしれません。

私のような凡人は、勝っている事より、「負けている現実」のほうがどれだけ多いことか…。
ただ、そこで終わってしまえば、負けしか残らない。
その「負けの現実」を受け入れ、反省しながらも自信を失わず、現実と戦い、目標を達成するまで、走り続けたいと思います。
勝つまで続けることができるのであれば、多くの負けは、負けでは無く、ただの良い経験に変わると信じています。

■No.007 : プレーヤーになること(評価される側の人間とは) (2002/11/03)

私は高校、大学と野球を続けてきました。

高校も大学も一流と言われるチームでしたが、私自身は三流の選手で、外野の守備要員でチョロチョロ試合に出場させてもらう程度でした。
ただ、自分なりのちょっと出場した試合の感覚を書かせていただくと、フィールドに立っている選手とベンチにいる選手とは非常に大きな違いがあるという事です。
私がベンチに座っていて、他人事のように「野次を飛ばしている時(精神的に油断している時)」に、突然監督のご指名で試合に出るような事がありました。
その時は異常なほどの緊張感と、恐怖感に襲われた事を覚えています。
心臓がバクバクして、口から飛び出しそうでした。
大学の公式戦は、観客席が数万人の観客で埋まるような事もあり、途中から試合に出る事が本当に怖かった(笑)

恐怖の根本的な原因は、「責任を全うできるか?」という事です。
自分のエラーでチームが負ける事があれば、今までの厳しい練習はもちろん、そのエラーを数万人の人が目にする事になり、言い訳もできません。失敗は非常に目に付くものです。
会社の中でも、積極的に、新しい企画を立ち上げて行う時、失敗をすると非常に目立ちます。
これは、オープンに仕事をすればするほど当たり前の事で、観客席で(第三者的に)見ていれば、誰がエラーをしたかは一目瞭然です。
大きな企画は責任の所在が明確なため、ほとんどの人が、目立った仕事をやりたがらない残念な傾向があるように感じます。
私は社内で新しい企画を推進した人は、本当に高い評価を与えるべきであると感じています。

昨今は変わってきましたが、個人だけではなく、企業体でも責任の取り方が非常に曖昧で、トップシェア企業のモノマネ傾向が多く見受けられました。
トップ企業が新しい商品を出すと、それを2位以下の会社が追随し、横並びにラインナップを並べます。
ウーロン茶、ダイエット食品…等々、ましてや、リストラや債権放棄のような事すらも、誰かがおこなうと、それを真似てリストラをしていました。
経営のトップすら「目立つ仕事=最初の試み」をせず、自分の責任を「デフレ社会性」のような「外的な要因」を理由にしているのが実情でした。
個人的に評価される事を非常に嫌い、責任を社会性の中に紛れ込ませます。

ただ、私はプロのプレイヤーとは「評価する側」の人間ではなく、「評価される側」の人間であると思っています。

社内にいる人のほとんどは、社内(フィールド)で与えられたポジションがあるにも関わらず「観客側」の人だったり、なぜかバックネット裏で評論家をしている人が多くいます。
プレイヤーになりきれていませんので、人の失敗を笑うだけで、自分が「万一同じ立場だった時にどうするか」などの大事なシュミレーションに興味がありません。
そのような人は、自分からフィールドに立つ事はありませんし、チャレンジする事もありません。
責任が怖いからです。
「責任」という非常に大事な「成長の糧」を、「上手くかわすコツ」を身につけながら生きていきますので成長とは無縁です。

大事な事は、評価するのではなく、「評価される側」の人間である事を積極的に受け入れているかという事です。
評価を甘んじて受け入れ、その評価を糧に成長を続ける人が、本当のプロであると思います。
年齢は関係ありません。

プロ野球選手がマスコミに言葉や文体で評価された事を、言葉で言い訳をしても全く意味がありません。
プレイヤーはその与えられた仕事で答えを出す以外は誰も求めていません。
「評価されるのがヤダ!!」というのであれば、他人を評価する価値もないどころか、今後は非常に限られた仕事しかする事ができなくなるでしょう。
企業体の体力が衰えている現在、「自分の成長力への評価」を嫌う人間の雇用は、例えアルバイトでも難しいと思います。

私も37歳になり、失敗が許される年齢ではなく、また、責任も大きくなってきました。
今までとは違った高いレベルのフィールドに立つべき時が来ていると感じています。
今でも新しいフィールドに立つ事は、少し怖いのですが、学生の時よりは実力を発揮する術を身につけてきていると感じており、少しは自然体で評価を受け入れる事ができるようになりました。
来期は私自身が高い水準のプレイヤーになり、さらに多くの方々にご評価をいただけるようにしたいと考えております。

■No.006 : 純粋に会社のためになるのか(判断の基準) (2002/11/03)

弊社規模の会社では、常に不安定な状況にあります。

明日のことも分からず安定するということなどありえません。
常に不安定な状況であることを前提に、中期、長期の判断を下さねばなりません。

意思決定をする時、迷いは必ず生まれます。迷いは人の心を弱くし、そして鍛えます。
不思議なもので、迷いがあっても、常に心を強く持っていると、良い判断ができるように感じるものです(私の場合は勘違いが多いのですが…)

ビジネスで判断をする時は、当然「良いこと」と「悪いこと」を比較します。
メリットが非常に大きく感じられること、もしくはリスクが非常に小さいことに対して、判断を下すのがセオリーです。
このメリット・デメリットが相反し選択が分かれた時に、メリットが大きい方に決断を下すのか?リスクが小さいほうに決断をくだすのか?は、その企業体質や 経営者の性格、また企業の成長のステージ(ベンチャー企業かもしくは安定企業か?)等により変わってくるのでしょう。
判断の仕方について、フォレスト・モリーン株式会社の森氏(ボストンコンサルティンググループ出身のコンサルティング会社)にいくつか教わったことがあるのですが、その内の二つを抜粋してご紹介します。

<衆議専決>
住友グループの意思決定の仕方とお聞きしています。
衆議専決ですから、一つの意味合いは専決です。
即ち多数決で決めるのではなく、決める時は責任者が責任を持って1人で決めよと言うことです。
では、専決だけでいいのかというとそうではなく、周りの人にどのような考えなのかを徹底的に言わせなければならないということです。
そして意見を戦わせた後に、リーダーが独りで決めると言うやり方です。
責任の所在を明確にした上で一人一人に、意見を言わせる素晴らしい方法であると私は感じています。

<ビルゲイツ流>
意思決定をスピーディーに行う方法です。
稟議のようなものを回さず、重要な問題を電子メールベースで役員の間でやり取りをして決めていってしまい、決裁も24時間以内に返事が来なければ、上がっ てきた案件はOKとみなされ、実行に移されてしまうというものです。(現在もこの基準で動いているかどうかは分かりません)
これができるのは、「その時点で正しい判断をしなければならないという思い込みがないため(勝率で例えれば、6勝4敗で良いと割り切っている為)」と森氏は解説しています。
ビルゲイツは「敵さんよりも、10倍早く動いている。」ということを前提に、相手が1個実行に移す間に、彼は6個の正しいことしていることになります。
4敗の部分もさらにスピードを上げれば、間違っていた方向を確認し、修正すればよい。
それで8勝2敗になるでしょう。
「敵さんに十分勝てる」という結論になるということです。

それでは、意思決定を行う時に何を基準に決定を下せば良いのでしょうか?
参考になるか分かりませんが、私の場合は判断が難しい時、一度意識を「客観的な常識」に戻し、「それが純粋に会社のためになるのか」を問うようにしています。
私にとって一番厳しく、かつ透明性の高い基準であると思っています。

■No.005 : 考育常善(コウイクジョウゼン) 1 (2002/09/29)

会社でもよく使われる「教育」という言葉ですが、この言葉に以前から疑問を感じていました。

「教育」→「教え育てる」という言葉に、生徒側の主体性が感じられません。
本来であれば、教育の現場では「生徒」が主役であるはずなのに、あたかも教える側の「先生」が主役のような言葉です。

考育(コウイク)とは、私の勝手な造語です。
「教育」→「教え育てる」のではなく、「考育」→「考え育つ」という主体的な気持ちで、自分の成長を創造し積極的な気持ちで学ばなければ進歩が無いという意味で創ってみました。

自分自身の成長への欲求は、あくまで主体的であるべきです。
教育の現場においては「教え育てる」のではなく、「考え育つ」ことが大事な要素であると感じています。そして成長の糧になるのは、目標です。
ゆるぎなく強い使命感をもった目標があることで、成長への意思と継続性が生まれます。

特に新規事業を推進するような事業部や会社では、目標や「思い」が不可欠な要素です。
例えば新規事業を進める方法として通常はプランから入るのが一般的です。
つまり、「P(Plan) → D(Do) → C(Check) → A(Action)」とプランを検証していく順となるのですが、しかしながら私は、「これは間違えた流れ」と以前から感じていて、優れたコンサルタントに相談したところ、下記の流れを教えてくれました。

「C(Check=市場調査) → A(Action=実験) → P(Plan=プラン) → D(Do=実行)」

これが、新規事業では正しい進め方であるとのことでした。
プランから実行した新規事業は失敗が多く、結局、世の中にあるものをコピーし、少し変えただけの自己満足に終わりがちです。
そのような事業は、効果がなく(あっても小さく)、結局「新規事業は上手くいかない」というレッテルが貼られるだけです。
もともと、新規性や差別化を考えて新規事業をすすめるのですから、最初からプランを作成してもその通りにいくはずがありません。

Check→Actionを何度も何度も繰り返し、やっとプランが出来上がるというのが本来の姿です。
しかしながら、これを継続することは、本当に勇気が要ります。
事業そのものの必要性や疑問と葛藤し、柔軟な発想で改善を試みます。
Check→Actionを繰り返している間は、明確なPlanが無いわけですから「リアリティさ」が欠けており、客観性のある説明を人や組織にできない場合が多々あります。
人を動かす手段は「熱意」しかなくその「気持ち」が理解できない場合、組織の輪が乱れる原因になりがちです。

どんな仕事でも挫折したくなるような壁に必ずぶつかるものですが、そこで妥協せずに、必死になって踏みとどまる事ができるかどうかは、「明確な目標」や「思い入れ」であるかにかかってくると感じます。

その壁を越えられれば、「目標をしっかり持つ」ことで、主体的かつ独創的に仕事が進んでいくのであろうと思います。
「独創的なすばらしい仕事」が組織と人を育ててくれるはずです。
弊社はまだまだ、夢の途中で、多くの障害にぶつかることでしょう。
しかしながら、「小売業の商品ロスを改善する」という社会的なテーマを使命感を持って、取り組み、主体的な成長を歩んでいきたいと考えています。

※思い入れを形にしていく理論として「SSM理論(ソフトシステム方法論)」という物があります。
ご参考まで。

■No.004 : 否定意見を述べる人の成長力 / ダメは駄目 (2002/08/22)

先日、優秀な人材コンサルティングの方にお聞きしたのですが、「リーダーになる人に、日本人はスーパーマンを求めすぎている」と仰っていました。

中国では色々な古事や歴史を見れば分かるように、「自分より優秀な人材を如何に活用できるかが、トップの力量になってくる」という事でした。

なるほど、私如きでも知っている中国の歴史の読み物で、「三国志」や「項羽と劉邦」、「貞観政要」等では必ず、その近臣が活き活きと描かれています。
トップが部下に求めているのは、腕力ばかりではなく知力です。
時として、経営についてでさえ、部下がトップにコンサルティングしています。

日本の会社のトップは、確かに仕事が集中しすぎるように感じますし、負担も大きすぎます。
今後の超スピード経営時代においては、仕事を分散化していく事が進歩への課題であると感じます。

成長のため自分よりも優秀な人材を集め、充実した活用ができる人は、本当に「諫言(意見)」を聞き入れる能力があるのでしょう。
社員の企業への愛を信じ、諫言を聴く事ができる人は本当に立派であると思います。
人の意見を率直に聞き入れる事のできる器を、私も持ちたいものだと思います。
特に大きな会社に目立つのですが、良く相手の意見を把握する事なく、理解できない案件に対しては、最初から否定的な意見を述べる人がいます。
会社の中では「意見を述べる人」「それを否定する人」が、まるで受け持ちの仕事分担ができているかのように分かれています。

本来であれば、どんな企業でも「成長の糧」になるのは、会社の方向性を良く理解した「意見・提案」であると思いますが、意外にそれを否定をする人の方が、偉そうな態度で意見を言うものです。

「成長の糧」を潰す会社に、将来が無いのは当たり前です。

年齢を重ねると「新しい事へのチャレンジ」という事が難しくなってきます。
新しい事への恐れが段々否定的な感情に変わり、本能的に反対意見を言うのではないでしょうか?

大きな会社で意見を否定する「係りの人」を見ていると、「否定する事で自分が偉くなった気分」でいるのではないかと感じる事すらあります。
自分の存在価値を、反対意見を出す事で高めているのでしょう。

「ダメは駄目!」です。我々は必ず成長するのです。
どんな事があろうとも成長するのです。成長しない子供がいますか?
企業にとって成長とは、ごく当たり前の事なのです。
もし駄目ならば、どのようにしたら前進できるのか、何をすべきなのかを、具体的に提示して下さい。ダメだけでは駄目です。
本来、意見を述べ、新しいチャレンジを推進する事の方が遙かに会社として必要で、勇気を称えるべきなのです。
そうしなければ、意見を言う人間が消え、アイデアを出す人間が社長だけの会社になってしまいます。

良い会社であればあるほど、燃えるような意見を待っていない上司などいないはずです。

■No.003 : 表面的な印象と自分の心 (2002/08/06)

アメリカの心理学者アルバート・メラビアン博士によると、人と接し、相手に内容を伝える時の影響度は、人柄(表情)が55%、話し方(声の調子)38%、内容(言葉の意味そのもの)7%としています。

つまり、内容の質よりも表情や話し方で、93%も影響されてしまうという事です。

よくプレゼンテーションのコーチング等で引用される博士の統計ですが、これはプレゼンだけでなく、営業活動などにもそのまま当てはまると思います。

全く同じ商品やサービスを同じようなシチュエーションで販売しても、個人差が必ず生まれます。
全く同じ事を言っているのに、A店員が言うと耳を傾けるにも関わらず、B店員が言うと全く耳を貸そうともしない…そのような関係はお客様との関係だけでなく、親と子、先生と生徒、全ての人間関係でもよくある事であると思います。

上手く人間関係が築けない理由の一つに、本来の自分を表現できていない事が挙げられると思います。
本当に商品をよく売るセールスマンは、会社の商品を売っているのではなく「自分自身そのものを売っている」のではないかという印象をよく受けます。
商品やサービスの説明をする「言葉」を前面に出しながら、自分自身の心を伝えようとしているように見受けられます。
心を伝えようとする事で相手の表情を見落とさず感じ取り、納得のいくような説明を探しながらお話をしていくようになるのではないでしょうか。
相手に合わせて心を伝えようとするので、大きな言葉のズレが生じないようになっていくように見えます。

印象が悪くなった相手に心を開かせる事は、容易な事ではありません。
何を言っても本能的に拒否し、言葉の意味ではなく、脳や心が受けつけないような状況になってしまうと大変です。
私もよくズカズカと人の心中に入り込み、人を傷つける事があるようです。
人を傷つけたり、コミュニケーションが上手くいかなくなる時は、言葉そのものの意味ではなく、私の対応や態度が影響している場合がほとんどのようです。

弊社のような「これからの会社」にとって、一人一人が外部の人と人間関係を築く事は、非常に大事な事です。
それが例えビジネスを目的にしなくとも、どんな状況においても信頼関係は維持していたいものだと思います。
それがなければ「社会に役立ちニーズを形にしていくベンチャー企業」などというのは、言葉だけで愚の骨頂だと思います。

企業の印象、評判が会社の存続をも操る時代であり、上記の事が非常に大事な経営的要素であると感じています。
印象や評判が「単に表面的な事」ではなく、「内面から映し出される鏡」であるかのように、自分の心と会話をしながら表現をしたいものです。

■No.002 : キャリアアップと自分の生き方 (2002/07/14)

最近、弊社でも転職組を入れる機会が増え、面接などを多くするのですが、面接をする私に向かって、とっても正直に「貴社のようなベンチャー企業でキャリアアップをしたい」と言う人が増えてきています。

これって、いい事なのかしら?

私自身も、学生の頃は「将来は独立して自分で商売をしたい!」と思っていましたし、最初に入社した富士通には、社会の入り口として色々なものを期待していました。
もちろん、本当に勉強になりました。
でも、面接の時に「貴社でキャリアアップをしたい」というような事を言うまで大胆ではなかったと思うなー。

確かに大きな企業でも、定年まで会社を全うするような事は、非常に難しくなってきていると思います。
急成長し、社会的に認知されたベンチャー企業でも、多分40歳を過ぎたら役員以外は残っていけなくなるのではないかと思える企業ばかりです。

ましてや非常に流れの速い中、会社自体の寿命が20年程度として考えると、自分の人生の方がはるかに長いわけで、キャリアアップと言う言葉は、実は重たい言葉なのかもしれません。

ただ、私がいつも面接をして疑問に感じるのは、単にキャリアアップと言われても、一体何を指しているのかという事です。
何か、会社に入る前から転職を目標にしているような感じです。
しかも目標が漠然として見えて来ない人がほとんどです。

仕事やチャンスの巡り合わせがグローバル化してきているように感じますが、その反面、社会人になっても大人になれきれず、曖昧な夢だけを抱いて、中途半端な行動をしているように見えます。

本当に才能と強い意志があれば、「一人だけで生きていける」ようにする事ができるのかもしれません。
しかしながら、私のような凡人は、「一人だけでも生きていくために、周りの人を大事にする」事が必要になっています。
困ったときに助けてもらえないのでは、凡人は生きていけません。
キャリアアップと言う一言で、簡単に仕事や人間関係を終わらせてしまう人達の価値観を、私は本当に残念に感じます。

「人間関係が良好であれば、いつでも転職なんてできるんじゃないかなー。まずは与えられた職場で頑張りましょうよ」と、面接をした人達に矛盾した事を言わせてしまうほど、ジェネレーションギャップを感じてしまう事が多くなりました。
(今日はぼやきで終わってしまいました。すみません)

■No.001 : リーダーシップと利益率 (2002/06/12)

もうかなり前ですが、私の「リーダーシップとは?」という問いに、単純に答えてくれた優秀なコンサルタントのお話を、今でもよく覚えています。

そのコンサルタントは、
「リーダーシップとは大まかに分けて2つの要素が必要である。一つは混沌とした暗闇の中で、人々が右往左往している中でも「あっちだ」と方向性を示せる人。もう一つは、次のリーダーを育てることのできる人」
と答えてくれました。

まだ経験の足りない私にとって、リーダーシップのイメージは、ただ単に人を引っ張っていく程度のイメージしかありませんでしたが、この非常に単純なお話が、単純な私の心に沁み込みました。
沈没しそうな船の中で会議をしても仕方ありません。
すぐに行動に移せる指示が必要です。
「混沌とした暗闇の中で」…危機的状況の中で、リーダーシップは非常に大きな意味があるのでしょう。

私がさらに深く興味を惹いたのは、「次のリーダーを育てること」という言葉です。
なるほど、確かに次のリーダーがいれば、その組織が滅ぶことはありません。

この「人を育てる」という一言で、リーダーシップの意味が語られてしまうほど非常に難しく、奥の深いものなのでしょう。

小売業の現場では、日常が非常に忙しく、日々動いています。
ただ、その忙しさの中でも、「人を育てる」ことを念頭に入れながら部下に接するのと、自分が忙しいから「手伝ってくれ」と言う意味で仕事を与えるのでは、部下への心の伝わり方も変わってくるであろうと思います。

売り場では、アルバイト・パートの比率が増えています。
今まで以上にアルバイトを早期戦力化する仕組みが、企業の浮沈に関わります。
例えアルバイトであっても、お店を任せられるようなリーダーに仕立てられる教育が必要です。

企業の戦略・方針を具体的に教え、さらに、それに基づいた具体的な行動の指針、コーチングを行い、根気強くリーダーを育成することで、収益の改善が見えてきます。
これは、若い店長でも十分に可能なものです。

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