タイムリーエラーの思い出


私は大学3年生の秋に立教戦に出場し、とんでもないタイムリエラーをしました。
私は、外野の守備要員として試合に出場していました。プロ野球とかでも勝ち試合になりつつあると、もう打席に回らないであろう選手を入れ替えて、守備を固めるということをしたりします。この時も監督は守備を固めるつもりで私を出場させたのに、その選手がエラーしたのですから、目が当てられません。とんでもない選手です
当時の立教は非常に強く、打者に矢作選手(後に日本ハム)、ドラフト指名を受けた黒須選手(指名球団を忘れてしまいました。ごめんなさい。黒須さん)、また、社会人で全日本に選ばれ、オリンピックに出場した高林選手、シーズホームラン記録を塗り替えた山口選手など錚々たるメンバーが揃っていました。試合は早稲田のエース小宮山と立教のエースの投げ合いで、0対0のまま、終盤を迎えていました。9回表で先頭バッターの黒須選手がフォアボールで出塁しました。次は4番の矢作選手。有名な太り気味(ごめんなさい)の選手にも関わらず、バッティングは力で打つのではなく、すごく柔らかかった。流し打ちも上手く、ボールに回転を与えて飛ばすタイプで、技術を持っていました。フォアボールの後、監督は、突然にタイムをかけて、レフト交代を告げました。私はキャッチボールすらしていませんでしたが、監督の「サブ、レフト」の声で、私は、レフトに全力で向かったことを覚えています。
守備位置につくと、自分に言い聞かせます。「今は、9回、0アウト、ランナー1塁。」最初から試合に出るのと違い、状況を頭ではなく、心で理解しなければいけません。ただ、もう少し、余裕を持って、グランドに入るべきだったのでしょう。途中出場の時には、私が試合の流れを止めるのがいつもいやだったので、自分で早めにウォーミングアップをします。ただ、この時は、フォアボールの後でしたので、少し、間を空けても良かったかもしれません。

カウントは忘れました。レフトから見る光景は、今でも覚えています。緑の人口芝が全面に広がり、その先に内野手のいるフィールドが見えます。投手の小宮山が投球モーションに入ると、ランナーの黒須が走るのが見えました。私は習慣的に「走った!」と自分でも周りにもわかる声を上げます。ショートの水口が、セカンドのベースカバーに動くのがわかる。それを見透かしたように、左打者の矢作はレフトに流し打ちをしてきました。ショートの頭上を越えるライナーで私のところには、バッタから見て、左に切れる弧を描いて飛んできました。バットの芯に当たっている打球の速さを感じながら、私は、走った黒須選手を三塁で刺せると思いました。打球を取るために前進しましたが、その後が覚えていない・・・・グローブに少しボールをかすった程度で、後ろに打球をこぼしてしまいました。まったくボールを見ていない。ボールはそのまま後ろに転がっています。黒須選手は、3塁はおろか、そのままホームまで駆け抜ける。私のエラーで一点を計上してしまいました。黒須選手は、ホームを駆け抜けたときに、「まじかよ」と言って私のいるレフト方向を眺めていたと捕手の相田さんに聞いてことがあります。
その後のどのようにチェンジになったか全く覚えていません。チェンジになってもどちらのベンチに戻ってよいか分からないくらいです。9回まで0対0であれば、当然、ミスをしたほうが負け。これは、ある程度のレベルで勝負をしてきた人であれば、分かることです。
9回裏の攻撃、・・私は試合を見れる状態ではなく、ベンチの後ろにいました。そこに先輩の竹ノ内さんが来て、ベンチの前で試合を見て、しっかり応援をするように言われました。私は前に出て彼の隣で試合を見ました。私は、試合を見ながらも記憶がいくつか飛んでいます。どのように早稲田が攻撃をしたかが、はっきりしないのですが、フォアボール、ヒット、相手の三塁手のエラーもあったと思います。チームは満塁のチャンスを作ります。全員が必死に応援をしています。ここで、三塁コーチャーをしている岩本さんが呼ばれました。彼は私と違い、落ち着いて代打の打席に入ります。私は、その時、この試合、勝てるのであれば、本気で命に落としても良いと思いました。誰に祈ったのかは分かりません。
緊張感あふれる中、打席に入った岩本さんは、高めの球を見事にレフトにはじき返しました。サヨナラ逆転です。私は、とにかく責任と良く分からない感情に駆りたてられて泣き崩れて、歩けず、隣にいた竹ノ内さんが最後の整列まで、肩を抱いて連れてきてくれました。
その日、野球部の安部寮に戻るといつも通りに話をしましたが、先輩の大久保さんが、二人きりになった時に「お前、本当に運がいいよ」とつぶやきました。私は、あんなエラーをして、恥ずかしい思いをしているので、運がいいとかあまり感じてはおらず、キョトンとして返事をしないでいると大久保さんは、「昨年の明治戦で俺は、バント失敗で負けた。そんな簡単に挽回は無いよ。」とお話をされました
私もそうかもしれないと感じました。

2014年9月16日


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